スタッフブログ

獅子倉賢治

営業部 課長

今のうちに

こんにちは。獅子倉です。

日に日に元の日常に戻りつつある今日この頃、まだまだコロナ感染対策は
緩めずに用心したいですね。

先週からプロ野球も開幕し、埼玉西武ライオンズファンの私と
千葉ロッテマリーンズファンの芳野君で当り障りのない会話を
毎日楽しんでいます。ライバルチーム同士なので、秋になると
目も合わせない関係になっているかもしれないですね。
7/10からは球場の一部に観客を入れての試合になるとのことで
こちらも二人で楽しみにしているところです。

そしてこの時期になると暑さや湿気を和らげるために
エアコンを使い始める頃かと思います。
例年、お客様がエアコンを使い始めた途端に故障するケースが多いです。
本格的な夏を迎える前に、エアコンの清掃と試運転をされることをお勧めします。

実は私の自宅のエアコンもスイッチを入れても作動せず
故障をしてしまいました。
メーカーに修理を依頼し、直してもらいましたがこれから暑くなると
修理依頼が多くなり、対応するまでに何日もかかることもあるそうです。

まずはエアコンの試運転をしていただき、動かない、冷えないなどの
故障があった場合は弊社にご連絡をください。
現状の確認と修理に伺います。

健康を維持することもコロナ対策において大切なことだと思いますので
エアコンを上手に使いながら暑い夏を乗り越えましょう!

 

獅子倉

鈴木省吾

取締役顧問

56期スタートです

 

 

こんにちは 関東でも梅雨入りしました。

熱中症に気を付けて参りましょう。

この季節になると毎年のように、紫陽花が綺麗に花を咲かせます

世の中は、相変わらずコロナに大きく影響されています。

我が社では、6月1日には、毎年定例となっている56期方針発表会を全社員参加のも

と社長から56期の方針説明を生の声で受けとります。

もちろん全部署の部門長も生の声を社員に届けます。

私の場合は、自分の声を自分の心に届けている「決意」なのかもしれません

しかし、今年に限ってはコロナの影響が大きく、部門長以外は社内にてネット配信動画で

の参加となりました。

通常であれば目の前で同じ空気を感じながらの方針発表会ですが、今年はパソコンの中か

らなので生の声とはかなり違っていたようです。

私が感じたのは各社員が、一人一人の各自のパソコンから聴いているのと、会場で聴いて

いるのでは届くものの質が違ってしまうと思いました。

早く、通常モードの仕事・学校を含めて少しでも日常を作っていけたらいいですね。

アフターコロナでの生活とはどんな生活となるのでしょうか

 

ニュースでは、アナウンサーが、『コロナか(下)の中で・・・』と原稿を読んでいますが、最初は『コロナ下』と思っていました。

コロナ禍(か)という漢字を見て 禍・災い 違いはなんだろう と思い調べてみました。

災い・・・天災等防ぎようがない事柄

禍 ・・・人災等努力によって防ぐことができる事柄

こんな感じでしょうか・・・違っていたらスミマセン

ニュースでは、皆さんが気を付ければ拡散しないように防げる事を

コロナ禍と呼んでいるようですね

マスク、消毒を心掛け三密に注意しながら、日々前向きに参りましょう。

 

前回のブログでは、撮り損ねてしまったとご報告した、5月の満月(フラワームーン)も

一月経ってしまい、6月6日のお約束写真です。

ストロベリームーンの写真が撮れました。

残念ながら、少々靄っていたのでクッキリとは撮れませんでした。

近頃、カエルの声が良く聞こえてきます。

月日も、季節も普通に移り変わっています。

皆さんも、コロナに負けないように健康第一で笑顔で頑張って参りましょう。

渡邉暢浩

「医療・介護・福祉・地域」事業

コロナに想う 2

つくづく想います。今、起きていることの意味を。

一言で言えば、今起きていることは、私たちの傲慢への反省を私たちが受け入れられるか?ということだと。

私たちの傲慢によって、私たちの生活の利便性を追い求めてきたがゆえに、私たちが作ってしまったウイルス

という人工的自然物からの攻撃に他ならないと思います。

私たちの命という寿命に対する傲慢的な欲望、物に対する傲慢的な欲望、そういう傲慢的な欲望から生まれた

のが今回のウイルスの発生だと。

必要のない集中、密集。太陽が与えてくれた日光を超えた、人工の明かり。朝の意味、昼の意味、そして夜の

意味を忘れた我々の時間・季節を忘れた傲慢。すべてが私たち人間の傲慢が生んだ産物。

その産物をコロナウイルスが今あぶりだしてくれているのだと思います。

そのことを私たちは素直に理解し、受け入れ、変えていかなければいけないと思います。

多くの病にかかった人は、病から多くのことを学んだといいます。

私たち社会が一瞬にして大きな病にかかった。

私たち社会は、このことの意味を素直に理解し、多くのことを今学ぼうとしているのだと思います。

そして、私たちは、本当の意味の基本を取り戻さなければならないと思う。

自分の手、自分の手が触るもの、その清潔さを保つこと。ワクチンや治療薬を人類の科学に期待する

のは、当たり前といえるかも知れません。但し、それも人類の科学による傲慢かもしれませんし、

過信かもしれません。自分で作ったものを、自分の手で殺そうとする傲慢かもしれません。

必要のない食べ物まで経済的に生産し、廃棄する。そんな傲慢な経済生活を整理・整頓しなければならないと

思います。歴史が繰り返すように、ウイルスの発生も繰り返されるでしょう。

それは、いつも、私たちの傲慢さが、一線を越えた時に起こる。

それは、心と物のバランスを失った時に起こる。

ウイルスの発生をなくすことができるものは、私たちの心の中にこそあるものと私は信じます。