スタッフブログ

渡邉暢浩 の記事一覧

担当業務「医療・介護・福祉・地域」事業

真摯に誠実に! お客様へのひと言:他社との最大の違いは社員の人間力です。必ずお客様を幸せに近づけるこころと技術を持っています。

生成AIとサピエンス全史

先日、NIKKEIが開催した生成AIのシンポジウムをネットでみました。

一年くらい前から新聞紙上でも毎日のように生成AIに関する報道が続いていましたが、あまり関心を持って読んではいませんでした。

しかし、最近社内にも生成AIという言葉が飛び交うようになり、一度生成AIというものを根っこの方から理解してみようと思い視聴しました。

生成AIのことを知ると、数年前に読んだ世界的に有名な歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏のサピエンス全史がつながりました。

私たち人類はホモ・サピエンス。人類と呼ばれる人間は数種類いて、体は比較的小さいが想像力をもって未来を創造することが出来たのは、我々ホモ・サピエンスである人類だけだったことを知りました。全ての成長・発展はそこにつながり、そこを基準にして物事の判断をしていくこと。それこそが我々が歩いてきた人類史的道であり、これからの道でもあることが明確になってきました。

これまでの英知は今生成AIとして結実しようとしています。しかし、これからの道は我々自身が生成AIを使いながら作って行くしかありません。

目の前にある仕事をこれからの仕事につなげていくのは我々自身です。

川木建設の事業は建物の生成です。そこに川木建設の歴史の中で蓄積された英知を駆使して、想像力をもって建物を創造していく事業を更に生成していきたいものです。

 

川木建設のリニューアルチームは建物の再生・生成を担っております。

地域の再生・生成の為、それは地域の幸福の再生・生成につながることと信じ、毎日を頑張っています。

実家のリフォーム

辛い災害の年明けとなってしまいました。

福岡の実家に帰省し、大みそかの紅白歌合戦のMISIAの

感動のステージを見て、行く年・来る年を見て、いつもの

田舎の穏やかな元日になると思っていたら・・・・

翌日は羽田。その翌日は地元に近い小倉で大火事。

建築物は人の生活を、事業を守るものとして建てられています。

それが時として凶器に変わってしまうことを痛く思わせられる現実が目の前に

映し出されてしまいました。

そんな中、築40年以上になる実家のリフォームを予定しています。

大きな改修もなく40年以上も経った木造の一戸建ての大規模リフォームを

2ケ月かけてやっていただきます。

活断層がどうあるのかないのかも初めて確認しました。住んでいるのは

もうすぐ93歳になる母親と猫1匹。何か災害があったときに、助けることの

出来ない自分がいることを考えてしまいます。

川木建設は新しく建物を建てる建築会社ではありますが、川木で建てた建築物

であろうとなかろうと、地域の人々の命と生活と事業を守るリフォーム・リニューアル

会社でもあります。その目的を改めて社員全員で共有し、地域を守る意識を更に

強くもって事業に取り組んでいきたいと思います。

建物を守り、地域を守る川木建設に何なりとご用命ください。

 

 

 

窓際のトットちゃん

2023年もあと一か月となりました。

戦争という言葉が身近なものになりつつあります。

戦争の実体験をした人で一番近い人は私の母(92歳)です。

福岡の実家に一人住む母から、帰省した時に、昨日のことのように話を

聞くことがあります。

しかし、ウクライナとロシアの戦争が始まるまでは、遠い国のことと

いう感覚であったことは否めません。しかし、今は昭和20年までに

あった戦争は、ほんの少し前のことだとつくづく考えてしまいます。

こんな世界情勢の中、生涯その平和のために、そして世界の子供たちのために、

愛をもって活動されてきたのが、トットちゃんこと黒柳徹子さんです。

私が必ず録画して見るテレビ番組がNHKの朝の連続テレビ小説と徹子の部屋です。

私が毎日徹子の部屋を見て感じることは、出演者の方々が徹子さんと話していると

本当に素直な人になれるということです。

それは、徹子さんが誰に対してもユーモアを交え、愛をもって接し続けてこられた歴史

があるからだと感じています。私が今世界中で最も敬愛するトットちゃんは、永遠に

人々のこころの中に生きていくことだと思います。

監督の八鍬新之介さんによると、窓際のトットちゃんは12万枚の絵コンテで出来ているとのこと。

すごいの一言につきます。それも映画化できることが決まってから12万ではなく、何万枚も絵コンテを

描いてその想いと実績をもって、徹子さんを説得されたと言われていました。

それは八鍬監督1人の想いではなく、社会の想いに八鍬監督が突き動かされたのだと思います。

 

我々の総合建築業としての事業に少しだけ置き換えると、お客様の人生に対する想いとその

想いを証明する実績をもって初めてお客様のこころとことが動き始めるのだと思います。

 

私の今年の徹子の部屋のベスト回は、歌手のMISIAさんとの対談でした。

まさにDr.コトーの現実版である医者の実父の離島での診療生活の中で育ったMISIAさん

は、家族皆さんが医者である環境の中で、自分の歌で人々を愛で包み救いたいという思いで歌手

になったと言われていました。だからあんなに感動を与えられるのだと理解しました。

徹子さんとMISIAさん、私が勝手に最も敬愛するお二人がお元気で活躍され続けることを

祈ってやみません。

企業が成長できる街 川越へ

日本国内の企業の設備投資が活発になっています。

第二次大戦後の経済成長に有頂天になっていた日本が

バブル崩壊、リーマンショックによって打ちのめされました。

守りの時代に積み上げてきた内部留保を、配当も抑え、設備投資も抑え

ひたすらお金をためてきた日本企業が、東証のPBR1倍未満

企業に対するプレッシャーを与え未来への投資の発動を促されました。

世界平和を前提とした企業活動が難しくなった状況の中で、

国内への立地投資を進める企業も増えてきました。

そして、何よりも企業努力により、技術を成長させその技術を

形にする場を求めている企業がたくさんあります。

 

川越周辺にも多くの企業発展の為の動きがあります。

先日、日経の一面で報じられていた政策(国家的先端産業の立地を

農地の規制緩和で促進する)も今後企業活動に大きな刺激を与える

ものとなるでしょう。

企業立地するためには、土地が必要です。見渡せば物理的には土地は

たくさんあります。しかし、そのほとんどが企業立地には使えません。

農地法を中心とした規制法が強靭な力をもっているからです。

 

資源も無い日本が発展するには、人・技術が成長し日本に世界に必要と

されるものを世界と競争しながら作っていくしかありません。

そのために何が必要かをSPEEDを持って、政治・行政が地盤を整え、

民間が協力と競争をもって、次の時代の技術立国を目指してもらいたいものです。

 

そのために、川越という街が、我々がいる街が、企業を成長させる街に

成長したいものだと思います。

 

時は今。

 

 

帰省in台風

今年のお盆も、92歳の母親が一人、猫と暮らす福岡の実家へ帰省してきました。

いつも私は新幹線で帰ります。コロナ真最中の頃は、本当に楽な新幹線でした。

ほぼほぼ隣に人が座るような時はありませんでしたが、前回のゴールデンウイーク

では、ほぼコロナ前の状況に戻っていました。外国の観光客の方々が目立って増えた

ように感じました。

今回は、中国の中年の女性と隣り合わせて座ることとなりました。スーツケースを

座席の上の荷物置きに上げてあげたことがきっかけで、自分で作ったサンドイッチ

を半分私にくれ一緒に食べながら、色々と日本のこと、中国のことを話しました。

もう20年以上日本に住んでいるとのこと。日本に来たきっかけはご両親が日本に

いったら面白いことがあると言われ、日本語を半年勉強して大阪の大学に入学した

時から日本での生活が始まったとのことでした。

私も30歳過ぎの頃、アメリカにいたことがあるのであまり外国の方と話すことに

違和感はありませんが、中国の方との接点が増えてきたことは改めて強く感じました。

甥っ子の奥さん家族は中国人だったなと改めて思いました。

20年前、中国はまだ経済後進国のイメージが強かったですが、一気に日本を抜き去って

行きました。中国の国力は奥深いと思います。アメリカは巨大な新興国です。

アメリカは国と言うより、経済的夢を求めて“集まる場所”というイメージが強いし、

それを受け入れるパワーがすごい場所だと思います。

何となく感じたことをつらつらと書いてしまいました。

 

台風で新幹線が大混乱して埼玉に帰って来れなかった記憶に残る帰省旅でした。

帰る日の朝実家を出る10分前のニュースで、2日、帰埼を遅らせた帰省旅と

なってしまいました。(2日分実家がきれいになりました)